観光マップ各番号の説明

❶浅草寺雷門
大きく赤い提灯が下がっていのが浅草名物雷門。東京最古のお寺として有名な浅草寺の入口の門です。門の両脇には風神像、雷神像が飾られていて、観光客を出迎えてくれます。ここは写真撮影スポットとして多くの方が訪れます。浅草寺前には日本ならではのお土産屋がぎっしりと並び、外国からの観光客にも大人気です。

❷オレンジ通り
最初は「区役所通り」でしたが、区役所を取り壊し浅草公会堂が誕生したのを機に、名称を変更することになり、新鮮な印象の「浅草公会堂オレンジ通り」と命名し、道路の中央分離帯付近をオレンジに塗装。その後石畳風の舗装にになりましたが、2015年、オレンジ色のカラー舗装が復活しました。

❸アンヂェラス(カフェ)
1946年創業のカフェ。当時では珍しいヨーロッパ風の山小屋をイメージした外観に、教会を思わせるクラシカルで温かみある落ち着いた店内です。70年以上営業を続けるアンヂェラスは昭和レトロを感じる雰囲気にファンが多く、作家の池波正太郎先や漫画家の手塚治虫や3世代に渡る常連客も多いです。

❹浅草公会堂
浅草区役所の跡地に建てられた多目的総合ホールです。会議室や展示場としても利用され、市・区単位の公共ホールとしては特筆すべき本格的な花道を設置できるようになっていて、 歌舞伎ファンにはおなじみの新春浅草歌舞伎などの催しが行われています。

スターの広場
浅草公会堂の正面入口前にあり、大衆芸能の振興に貢献した俳優、落語家、歌手、芸能人の功績を称え、その業績を後世に伝えるために昭和54年より手型とサイン並べられ多くのファンに親しまれております。現在は公会堂前のスペースが一杯になり、毎年オレンジ通りの歩道に追加されるようになっています。

❺伝法院
浅草寺の本坊である伝法院には、162444年に近江(滋賀県)の大名小堀遠州の作庭と伝えられている廻遊式庭園(面積約12,200㎡)があります。庭園内には茶室「天佑庵」や明治2年に本堂後方の塚より出土した古墳時代の石棺(長さ2.5m)があります。

❻大黒家(だいこくや)(天ぷら屋)
大黒家は1887年、伝法院通りにそば屋としてはじまり、明治時代の末にそば屋から天ぷら屋になりました。名物は天丼で、ご飯が見えないくらい大きくどん ぶりからはみ出た海老天丼が人気です。 ごま油だけを使ってキツネ色に揚げた天ぷらに、ちょっと辛めで濃厚なタレをかけています。

❼みこし展示(三社祭の歴史)
三社祭は700年以上も続いているといわれる浅草神社のお祭りです。その起源は、 1312年に行われた「舟祭」にあるといわれています。江戸時代には御神輿三基が浅草橋際の舟乗り場まで担ぎ運ばれ、待機している漁師によって舟に各御神輿が乗せられ、隅田川を漕ぎ上がって駒形岸または花川戸岸から上陸の後、浅草神社に担ぎ帰られたと伝えられています。江戸末期に廃絶し、昭和時代に一度復活されましたが、明治以降は御神輿が氏子各町を渡御するのみとなりました。2012年に は三社祭の起源から700年ということで、この「舟祭」を再現した「船渡御」が行われました。

❽たぬき通り
26店舗の店が連なる商店街。このには銀色に光る御利益たぬき像が12体11種、道の両側の祠にあります。昔浅草にいたという「地たぬき」をモデルにしたようです。それぞれのたぬきをなでると商売繁盛、夫婦円満、家族安全、縁結び、子宝、学業向上など個別に違う御利益があります。

❾六区通り
以前はロックフラワーロードと呼ばれてましたが、2004年3月31日に名称を変更しました。江戸の街並みを模する伝法院通りにつらなるため、その雰囲気を損なわないようにする演出がされています。通りの両脇の街燈には、浅草を代表する芸能人を紹介する写真と解説が設置されている事で有名です。

❿浅草演芸ホール/フランス座
浅草演芸ホールは年中無休で落語が楽しめる落語定席で、1日中楽しめる笑いの殿堂です。フランス座は正式名称は「浅草フランス座演芸場東洋館」。現在は漫才、漫談などを中心とした演芸場です。歴史ある浅草お笑い文化の一角を担う存在として伝統を受け継ぎつつ、新しいお笑いの発信基地でもあります。

⓫ホッピー通り
浅草「ホッピー通り」は「別名「煮込み通り」とも呼ばれる昼飲みのメッカ。赤ちょうちんをぶらさげたお店が立ち並び、昭和時代の懐かしい雰囲気が漂い、平日にもかかわらず毎夜賑わいを見せています。

⓬花やしき遊園地
1853年開園で、江戸時代からある日本最古の遊園地です。明治時代には珍鳥や猛獣の飼育、西洋あやつり大写真や山雀の芸等で大評判になりました。その後、震災や戦禍で一時中断しましたが再建しました。国産初、日本で現存最古のローラーコースターがあります。

⓭浅草見番(あさくさけんばん)
風流なしだれ柳の並木道に、江戸時代より脈々と続いてきた華やかな浅草花柳界、料亭・芸者・置屋(芸者の養育・所属事務所)からの組合費で総合運営されている、「浅草見番」があります。

浅草花街歴史
明治時代に、芸娼妓解放令が発布され人身売買が禁止され芸者は自由な身となりました。貸座敷渡世規則・娼妓規則・芸妓規則が制定され、届出して鑑札(営業許可証)を受けとれば、誰でも芸者になれるようになりました。これを期に、全国で新しい花街が生まれることになったのです。

⓮浅草神社
創設に関わった土師真中知(はじのあたいなかとも・檜前浜成(ひのくまはまなり)・武成(たけなり)を主祭神とし、この三人の霊をもって「三社権現」と称されるようになりました。浅草神社では江戸三大祭の一つ「三社祭」が、「火事と喧嘩は江戸の華」といわれる江戸っ子の心意気を示して、神と人が一体となって行われることは周知の事実です。江戸期に入って三代将軍徳川家光の社殿ならびに神輿の新たな造営を機に江戸市中の一大イベントとなりました。

⓯浅草寺(せんそうじ)
浅草寺は、天台宗の独立一派・聖観音宗の総本山。1400年の歴史を誇る、都内最古のお寺です。浅草寺の看板「仏身円満無背相 十万来人皆対面」が意味する、誰でも分け隔てなく、宗教・宗派も関係なく、参詣者すべてを受け入れるという懐の深さを持ちます。見どころは、江戸時代に国宝に認定された『五重塔』、宝蔵門に飾られている『大わらじ』など。東京を代表する観光名所で年間3000万人もの人が訪れます。

⓰本龍院(ほんりゅういん)
待乳山聖天(まつちやましょうでん)とも称されます。ご本尊の大聖歓喜天は仏法を守護する大本の神様です。当山の紋章には巾着と二股大根が組み合わされており、巾着は砂金袋のことで商売繁盛を、二股大根は無病息災、夫婦和合、子孫繁栄をそれぞれ意味し、大聖歓喜天の福徳を示しています。ここはパワースポットとして人気があります。

⓱隅田公園
春には屈指の桜の名所となり、夏には隅田川花火大会が行われます。公園内の庭園は水戸徳川邸内の池等、遺構を利用して造られています。関東大震災後で屋敷が全壊するまで代々ここに住んでいたと伝えられますが、その後隅田公園の区域に取り込まれ、日本庭園へ姿を変えました。スカイツリー撮影の人気スポットです。

東京スカイツリー
2012年に電波塔・展望台・観光施設として開業しました。高さは634m。第一 展望台の高さ350m、第二展望台の高さ450m、施設内には懐かしい日本文化が溢れる新しい下町「東京ソラマチ」があり312の多彩な店舗があります。さらにすみだ水族館、プラネタリムもあります。

アサヒビール本社ビル
1989年の竣工されたと同時に東京の新名所となりました。22階建ての「アサヒビールタワー」は、琥珀色のガラスと頭頂部の白い外壁で、泡のあふれるビールジョッキをイメージしています。隣接する「スーパードライホール」は、フランスの著名なデザイナー、フィリップ・スタルクの設計で、屋上の「炎のオブジェ」は、浅草の風景の1つになりました。

⓲銀座線(歴史)
1927年に浅草 – 上野間で営業を開始した日本で最初の地下鉄です。アジア・オセアニア地域でも初めての地下鉄です。トンネルの狭さに合わせて車両自体も小さく、1両の車両長が16m、1編成6両の長さが96mで東京メトロの車体の規格の中で最も小さい車両です。2017年には銀座線開通当時の旧1000形のデザインの復刻車両が登場し話題になりました。

⓳神谷バー
日本初のバーとして日本中に知られた有名店。130年以上にわたって浅草の町とともに歩んできた下町レトロな雰囲気を感じる庶民の社交場です。この店の名物はオリジナルカクテル「電気ブラン」。当時電気は文明開化の先端にありモダンの象徴でした。ビリリと電気のようにしびれる飲み口が「電気ブランデー」と名付けられたと言われています。